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2020年11月20日 (金)

フェイク&まぼろしの邪馬台国・2

★「古代史の謎」の取説・2


▼漢字の起源の秘密は中国では解明できず、日本で科学的に具体的に解明できる

◆今回も〔「古代史の謎」の取説・2〕とサブタイトルとして、【漢字の起源の秘密は中国では解明できず、日本で科学的に具体的に解明できる事実】にもとづくと――【1】【邪馬台国畿内説と九州説は完全なる誤読の空理空論、完全なる幻想であった実体】を証明する。
 というのも、前回〔古代史の謎〕の取説・1〕で指摘したように――邪馬台国畿内説と九州説を主張する学者たちが断定しているように、『魏志倭人伝』は「倭女王卑弥呼が居住した王国の所在地解明」のための文献ではなかったからである。
 『魏志倭人伝』は大半の記事で(55パーセントの記事)で「わが国は紀元前2070年頃~紀元前2050年頃の後期縄文時代初頭に、中国から夏音(かおん)文字の学芸が伝来して習得した。この夏音文字の学芸とともに、紀元前3000年頃の五帝時代初頭の黄帝につかえた史官・倉頡(そうきつ)が発明した漢字作成原理・作成方法をも習得した事実」を具体的に科学的に説明する貴重な文献であった。
 つまり、『魏志倭人伝』は【漢字の起源の秘密は中国では解明できず、日本で科学的に具体的に解明できる、世界的に重大な第一級の文献史料】であった。
 邪馬台国畿内説と九州説は、【多数の誤読(多数の文献批判)】を加えて立論する。しかし、『魏志倭人伝』は、本来、1ヵ所も【誤読(文献批判)】を加える必要がない正確無比の史料であった。
 1ヵ所も【誤読(文献批判)】を加えなければ【科学】が成立して、『魏志倭人伝』は「倭国は夏音文字を習得し、倉頡が発明した漢字作成原理と作成方法を対馬(つしま)国から狗奴(くな)国までの30の小国名で表示していた」と説明する文献であった。だから、『魏志倭人伝』は【漢字の起源の秘密は中国では解明できず、日本で科学的に具体的に解明できる、世界的に重大な第一級の奇跡の文献史料】であった。
 学者たちやメデイアは「卑弥呼が居住した王国名は邪馬台国であった」と主張する。しかし、『魏志倭人伝』は「卑弥呼が居住した王国名は邪馬壱(やまい)国であり、邪馬壱国は山陰出雲地方(石見・出雲・伯耆)であった」と説明している。
 だから、学者たちやメディアが「最も正しい意見である」とデマ・フェイクを拡散する邪馬台国畿内説と九州説は【科学】の要素が砂一粒ほど微塵(みじん)も有していない真っ赤なウソ・虚妄(デタラメ)であったのである。 
 邪馬台国畿内説と九州説が真っ赤なウソであることは、『魏志倭人伝』の冒頭の11字「倭人在帯方東南大海之中」、つまり「倭人は、帯方の東南、大海の中に在り」と文によって、【科学】がまったく成立しない荒唐無稽(こうとうむけい)の出鱈目(デタラメ)ということが証明される。この11字の記事にもとづくと邪馬台国畿内説と九州説の場合は「魏と帯方郡と倭の使者たちは帯方郡の東南にある大海・玄界灘を往来できなかった。したがって、倭と魏は国交を結ぶことができなかったゆえ、約2000字で構成される『魏志倭人伝』には実は1字も文字が書かれていなかった」という結果となる。だから、邪馬台国畿内説と九州説は【科学】の要素を微塵も有していない真っ赤なウソであったことになる。
 邪馬台国畿内説と九州説の実体は『魏志倭人伝』の冒頭11字の記事が明確に事実を示すように、【科学】がまったく成立しない真っ赤なウソ・空理空論・妄想であったのである。
 邪馬台国畿内説と九州説が【科学】の要素が微塵も有していない真っ赤なウソである事実の証明は、書籍本と電子本にした拙著『日本国誕生史の証明』と『大嘗祭の証明』で詳細に解説して証明した。

◆「銀河」の別名は「銀漢」であるゆえ、「銀漢から作られた文字」を略して、中国でもわが日本でも、「漢字」と称した。この「漢字」という名称は、中国でも日本でも途中で滅びずに現在まで存続している。
 天文学で言う通称「夏の銀河」は「夏の星座が漬かる範囲の銀河」であり、あるいは「夏に最も長時間見える範囲の銀河」である。
 「夏の銀河」は「春の銀河」・「秋の銀河」・「冬の銀河」よりも大きく、最も巨大にして、最も明確な形状を有する。
 「春の銀河」・「秋の銀河」・「冬の銀河」の銀河の形状は鮮明でないゆえ、ほとんどの銀河の写真は「鮮明な形の、夏の銀河」を撮影するものである。ゆえに、「銀河」と言えば「夏の銀河」を指していることになる。
 天文学で言う通称「夏の銀河」、この「各部が最も明確な形をしている、夏の銀河各部の形状から作った文字」は「漢字」と名づけられた。言いかえると、「夏の銀河の各部の形状を字源・字形(原形)・字義(原義)とした銀河文字」が「漢字」であったのである。 
 「夏に最も長時間見える、最も巨大で、しかも各部が明確な形から成る、多数の文字が作ることができる形を有する銀河の各部の形状」が「漢字の字源・漢字の原形・漢字の原義」となった。ゆえに、紀元前2070年頃~紀元前1600年頃までの王朝名・国家名は、「漢字が作られた夏の銀河」にもとづき「夏()」または「夏后(かこう)」と名づけられた。「夏后」の[]の字義は「きさき」である。白川静著『字統』は[]の字について「もとは母后(ぼこう)をいう語である、字もまた母后の形に作るものであった」と解説する。
 前回の〔古代史の謎〕の取説・1にて解説したように、[][][]の字は「子を腹部(おなか)に宿す母のように、人民の胃袋が円くなるように満たす五穀豊穣」を字源・字義とした。ゆえ、に「五穀豊穣」を掲げる政治スローガンは「母后」あるいは「夏后」と表示されることになったのである。そして、「漢字は夏の銀河の各部の形状」であったゆえ、「字書の聖典」と呼ばれた古代に尊重された字書『説文解字(せつもんかいじ)』は[()]の字義「中国の人」とあったと解説する。

◆紀元前3000年頃に生存した倉頡はみずからが発明した漢字が最も強大な権力、莫大な富、最高の名声を手に入れる方法であることに気づき、もしも反体制側の人々が漢字(文字)の学芸を習得して革命に利用したならば王朝は容易に滅亡すると心配し、倉頡は下記に3つの掟を破った本人はもちろん、その大罪は掟を破った人物の一族全員まで及び厳しく神罰が下されて死刑にすると定めた。
【倉頡が死刑と定めた3つの掟】
(
)夏の銀河(文字作成銀河)各部の形状から文字が作られた秘密を容易に理解できるように明確に説明した者とその一族全員〔ただし、難解な言(説明)や叡智に満ちた説明で深く考えないと理解できない表現をもって解説する者は死刑にはならない〕
(
)文字を容易に習得するため、文字となる夏の銀河(文字作成銀河)各部に名称を付けた者とその一族
(
)書いた文字は用済みになったならば、文字を直(ただ)ちに消さない者または消し忘れた者とその一族
 倉頡が死刑と定めた()の掟のために、『魏志倭人伝』に記された[]の字源はじめ対馬国から狗奴国までの30の小国名をもって【倉頡が発明した漢字作成原理と作成方法】を3つのグループに分けて系統的に科学的に説明している事実を、今日の学者たちは解明することができない。しかし、江戸時代半ばまでの各代の天皇たちは【倉頡が発明した漢字作成原理と作成方法】を皇室の存続させるための基盤としていた。また、「漢字」は「銀漢から作られた字」の略称であることに気づき、【倉頡が発明した漢字作成原理と作成方法】は天下を治めるにあたって不可欠な基礎知識であったゆえ源頼朝・足利尊氏・織田信長・徳川家康等は【倉頡が発明した漢字作成原理と作成方法の知識】を有していた。
 にもかかわらず、「漢字」は「銀漢から作られた文字」という略称ではないかという、菅単にできる想像・推理を現在の学者は誰一人も行わない。このため、『魏志倭人伝』は【倉頡が発明した漢字作成原理と作成方法】を説明する、【文献批判】を1ヵ所も必要としない正確無比の文献であることに、現在の学者たちは誰一人もまったく気づかない。
 上記した倉頡が死刑と定めた()の掟のために、現在においても、〔夏の銀河の各部の名称〕は存在しない。
 倉頡が死刑と定めた()の掟は、紀元前1300年頃から始まる殷代後半に出現した数万字となった甲骨文字において掟を毎度まもるのがたいへん面倒となり、またたいへん使用しにくく不便となったために破られることになった。甲骨文字の字形を示す資料は多数出土したゆえ、現代史学は「甲骨文字を最古の漢字、甲骨文字は最も古い漢字の祖型である」と断定する。しかし、甲骨文字においては()()の掟は厳重にまもったため、甲骨文字の字源・字形・字義は夏の銀河各部の形状であることに――現在の学者は誰一人も気づかない。
 甲骨文字以前の五帝時代の書契・夏代の夏音文字・殷代前半の原初漢字は、倉頡が死刑と定めた()の掟を厳重にまもったゆえ、書いた文字の資料がいまだ出土・発見されていない。

◆【漢字】は【字源・字形・字義・字音の4つの要素】から構成される。
 【書契・夏音文字・殷代前半までの原初漢字における字源・字形(原形)・字義(原義)】は【夏の銀河各部の形状】であることを王朝が独占管理して厳重な機密にして、【字音は人の口から発せられて存在する】ことになった。
 これゆえ、【夏代に用いられた原初漢字における字音は秘密ではなく、人の口から発せられることが許可された文字】であったゆえ、わが国では夏代初頭に習得した原初漢字の名を「字音」の[]がつく「夏音文字」と定めたのである。
 したがって、【夏音文字の字源・字形・字義】は【夏の銀河の各部の形状】であったゆえ【夜空に輝いて実在したこと】になる。その証拠に【殷代後半の甲骨文字と周代の金文の大半の字形】は【夏の銀河各部の形状をリアルに表現する絵文字】である。

 『魏志倭人伝』が「魏都・帯方郡・諸韓国で用いられる楷書と倭女王卑弥呼が文書に用いる文字は、倭の伊都国の港において点検し、確認して・正しく変換できた」と説明する。この魏都・帯方郡・諸韓国の楷書と倭女王卑弥呼が用いた夏音文字を正しく変換できた秘密は、楷書と夏音文字の字源・字形(原形)・原義は共に夏の銀河各部の形状であったからである。

◆後漢の建光元年(121)に安帝に上呈された字書の聖典『説文解字』の序には、次のような記事がある。

「けだし文字は経芸の本、王政の始め、前人のもって後人に垂()れるところ、後人のもって古(いにしえ)を識()るなり」
 上記の文が伝えているように、「倉頡が発明した漢字作成原理と作成方法に則って作られた文字は経(学問)と芸術の根本であり、文字は王朝政治に真っ先に必要不可欠な学芸であった。また、文字の字源・原形・原義となった夏の銀河各部の形状は後人が前人の時代における真実の歴史を正確に知ることができる方法であった。」
 だから、「王朝」の定義は「漢字が起源した学芸について知らなくてもよい、とにかく巨大な国家を確立する政治体制」ではなかったのである。「王朝」の定義は、「王政の始め」、つまり「夏の銀河各部の形状が字源・原形・原義となる、倉頡が発明した漢字作成原理・作成方法を識っている(精通している)政治体制」であったのである。
 したがって、卑弥呼は「王政の始め」である「夏の銀河各部の形状が字源・原形・原義となる、倉頡が発明した漢字作成原理・作成方法に精通していた」ゆえ、「王朝」を創設したことになる。
 また、「前人のもって後人に垂れるところ、後人のもって古を識るなり」という文が示すように、『魏志倭人伝』は「『魏志倭人伝』に使用される全漢字の字源・字形・字義を夏の銀河各部の形状に変換すれば、歴史を正しく解明できる文献」であった。というのも、『魏志倭人伝』の全漢字(楷書と楷書を音記号として用いる夏音文字)の字源・字形の原形・原義は夏の銀河各部の形状であったからである。
 強大な国家・王朝を手に入れた勝利者によって捏造(ねつぞう)された偽りの歴史が文献に記述されることもあっても、強大な国家・王朝の権力に屈せずに偽りの歴史を暴(あば)いて真実の歴史を後世に残す文献を作成する方法は字源・字形の原形・原義を表示する夏の銀河各部の形状を利用して後人に伝えることができた。というのも、絶対的に強大な権力を有した国家・王朝であっても天空まで支配することができなかったゆえ、夜空に輝く夏の銀河の各部の形状を歪(ゆが)めるあるいは削除(さくじょ)することはできなかったからである。だから、字源・字形の原形・原義を表示する夏の銀河各部の形状は最も正確な文字であったゆえ、夏の銀河各部の形状は真実の歴史を後人に伝える方法となった。

◆以上のごとく、新井白石以来約300年もの長いあいだ学者たちが力説し、戦後になってメデイアが「最も正しい意見である」と囃(はや)し立てるようになった邪馬台国畿内説と九州説は【真っ赤なウソ、虚妄(きょもう)】であった。
 上記したように、邪馬台国畿内説と九州説は真っ赤なウソであることは、『魏志倭人伝』の11字の冒頭記事「倭人は、帯方の東南、大海の中にあり」という文によって、両説は【科学】がまったく成立しないことが明確となるゆえ、いとも簡単に証明できる。
 さらに、約2000字で構成される『魏志倭人伝』の記事に1ヵ所も【誤読】を加えないと【科学】が成立して「卑弥呼は邪馬壱国・出雲地方に居住していた」と証明される。したがって、邪馬台国畿内説と九州説は空理空論であったのである。
 だから、邪馬台国畿内説と九州説は『魏志倭人伝』の全記事と1ヵ所も合致しない【誇大妄想、空理空論】であったことになる。
 『魏志倭人伝』は「邪馬台国の所在地を説明する史料」ではなかった。『魏志倭人伝』は1ヵ所も【誤読=文献批判】が加える必要がない、【倉頡が発明した漢字作成原理・作成方法と夏音文字の学芸】が明確となる正確無比の奇跡の文献であったのである。
 要するに、【誤読】を立論基盤とする邪馬台国畿内説と九州説は【日本古代史学における最大の科学における不正行為】であったのである。【日本古代史学における科学における不正行為】と言えば、2000年に起きた旧石器発掘捏造事件、つまり藤村新一が約30年前から
発見していた旧石器の発見が捏造であったと暴露された、影響が大きく、歴史教科書の修正までせざるを得なくなった事件が有名であるが――【誤読】を立論基盤にして【倉頡が発明した漢字作成原理・作成方法と夏音文字の学芸の記事】を排除・削除する邪馬台国畿内説と九州説は【日本古代史学における最大の科学における不正行為】ということになる。
 『魏志倭人伝』冒頭のわずか11字の記事によって、邪馬台国畿内説と九州説は空理空論であることが【科学】にもとづいて立証される。さらに、全記事に1ヵ所も【誤読】を加えずに忠実に読解すれば【科学】が成立する『魏志倭人伝』に、邪馬台国畿内説と九州説は多数の【誤読】を加えても、いっこうに【科学】が成立しない。
 だから、空理空論・虚妄の邪馬台国畿内説と九州説を立論する学者たちの正体は、《学問の基本原理を知らない似非(えせ)学者・学者擬(もど)き》であったのである。

◆『魏志倭人伝』は【倉頡が発明した漢字作成原理・作成方法と夏音文字の学芸を説明する、文献批判が一切無用の文献】であったことは、書籍本と電子本にした拙著『日本国誕生史の証明』と『大嘗祭の証明』にて詳細に解説し証明した。
 【1】の『魏志倭人伝』が有する幾つかの謎の他にも、【漢字の起源の秘密は中国では解明できず、日本で科学的に解明できる事実】が原因で謎となって解明しなければならない多数の古代史の課題がある。
 これら多数の課題を「古代史の謎」の取説・3と「古代史の謎」の取説・4という具合に順次に回を重ねて、これから解説することにする。

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