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2022年3月13日 (日)

邪馬台国説はプーチン・フェイクのごとし・2

#邪馬台国説はウソと欺瞞の産物なり

◆女王・卑弥呼が登場することで有名な『魏志倭人伝』は「卑弥呼が居住した女王国・邪馬台国がどこであったか」について説明する書物であると――学者たちは断定する。
 しかし、『魏志倭人伝』は、その約85パーセントの記事で「漢字は、今から約5000年前の中国の五帝時代初頭に生存した黄帝につかえた倉頡(そうきつ)によって発明された」と説明する学術書であった。
 要するに『魏志倭人伝』には倭国における34ヵ国の小国名が記述されているが、これら34の小国名は【倉頡が発明した漢字作成理論】を組織する統合体(仕組み)となる。言いかえると、34の小国名は【倉頡が発明した漢字作成理論】を説明する資料となる。この〈倭国の34の小国名とその関連記事〉はじめ〈「卑弥呼」などの人名や官職名〉や〈倭の風俗・慣習記事〉や〈その他〉の合計約85パーセントの記事によって、【倉頡が発明した漢字作成理論】が解明できる仕組みとなっている。

◆『魏志倭人伝』が〈【倉頡が発明した漢字作成理論】を理路整然と説明する学術書(学術史料)〉であった真実は、【1】『魏志倭人伝』の記事を1ヵ所も排除・削除(さくじょ)しない、【2】『魏志倭人伝』の全記事を忠実に読解しなければならないという【二つの学問の基本原理】と、【3】「銀河」の別称は「銀漢」であるゆえ、「銀漢から作られた字」を略して「漢字」とよぶことになった事実と、【4】わが国が漢字を最初に習得したのは、今から約4000年前の中国の夏代(夏后時代)初頭(わが国の後期縄文時代初頭)である。この夏音文字(夏代初頭の音文字)を習得した際に、【倉頡が発明した漢字作成理論】をも習得したという、【二つの事実】によって証明される。(注 この「夏音文字の習得」については音韻学の研究成果によって指摘されており、また『魏志倭人伝』の記事となり、さらに『古事記』上巻の序の冒頭の「臣安万侶言(しんやすまろまう)す」から「三神造化(さんしんぞうか)の首(はじめ)をなす」までの34字から成る文もまた説明している)
 学者たちがウソで固めた邪馬台国説は、〔1〕邪馬台国説にとって不都合な記事は何ヵ所でも排除・削除することができる、〔2〕邪馬台国説にとって不都合な記事は何ヵ所でも【誤読】・【批判】・【主観】・【歪曲】を加えることができる、〔3〕「倉頡が漢字を発明した」と伝える倉頡伝説は事実ではない、〔4〕「わが国が最初に漢字を習得したのは5世紀あるいは6世紀である。というのも、出土された文字が書かれていた出土物(鉄剣や銅鏡)で最古のものは5世紀から6世紀であるからである」という考古学の観点によって成立する。
 上記した邪馬台国説の〔1〕と〔2〕の論法は【1】と【2】の【学問の基本原理】をまもらないデタラメの論法ということになる。邪馬台国説の〔3〕と〔4〕の意見は、上記した【3】と【4】の【二つの事実】によってただちに空理空論・空想であったことになる。

◆上記したように、「倉頡伝説は歴史的事実であった」と科学的に証明できる、確かな古文献(学術書)が『魏志倭人伝』であったのである。
 しかし、【学問の基本原理】を全然まもらないウソと欺瞞(ぎまん)を駆使(くし)してデッチあげた邪馬台国説のために「『魏志倭人伝』は女王・卑弥呼が居住した倭人国の首都・邪馬台国の所在地を説明する歴史史料」であると思い込まれることになった。
 【学問の基本原理】をまもる方法、つまり【1】『魏志倭人伝』の記事は1ヵ所も排除しないで、【2】全記事を忠実に読解すると、『魏志倭人伝』は「倉頡伝説が事実であった」と伝えていた学術書であった。要するに、『魏志倭人伝』は「女王・卑弥呼は【倉頡が発明した漢字作成理論】を政権基盤に定めて倭人国を治めた」と理路整然と説明する正確無比の歴史史料であった。
 だから、『魏志倭人伝』に記述された【倉頡が発明した漢字作成理論】の消滅に夢中になる学者たちはじめ、メディアやジャーナリスト、つまりNHKテレビや朝日新聞出版などが主張する邪馬台国説の実体は、約2000字で構成される『魏志倭人伝』の全記事と1ヵ所も合致しない、100パーセントの真っ赤なウソ・欺瞞・捏造(ねつぞう)であったのである。
 その証拠に、20151014日に死去した古代史家・古田武彦氏(19262015)1971(昭和46)に『「邪馬台国」はなかった』(朝日新聞社発行)を著作して――『魏志倭人伝』には卑弥呼が居住していた女王国名は「邪馬台国」ではなく、【邪馬壱(やまい)国】であると証明した。現存する12世紀の南宋紹煕刊本(なんそうしょうきかんぽん)における『魏志倭人伝』は、事実、卑弥呼が居住した女王国名を「邪馬壹国」つまり【邪馬壱国】であったと記す。だから、『魏志倭人伝』には「邪馬台国」という記述は1ヵ所も存在しない。ゆえに、邪馬台国説の実体は『魏志倭人伝』の記事と1ヵ所も合致しない【誤読の空理空論、真っ赤なウソ】であったことが即座に明白となる。

◆もともと、『魏志倭人伝』は【倉頡が発明した漢字作成理論】を説明する、全人類史にとってきわめて貴重かつ重大な歴史史料であった――この真実・事実は、「夏の銀河」を利用すると【科学】が成立して完全証明できる。
 漢字は、天文学で通称「夏の銀河」とよばれる「夏に最も長時間見ることができる銀河の範囲各部の形状」が字源・字形・字義となって作られた。
 下に〈夏の銀河の写真〉を配した。
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◆古代エジプト文字も漢字と同じく「夏の銀河の各部の形状」から作られた。
 倉頡が漢字を発明した100年前の、紀元前3100年頃、古代エジプト文字は出現した。古代エジプト文字は「ヒエログリフ」あるいは「聖刻文字」とよばれる。
 『魏志倭人伝』に記述された【倉頡が発明した漢字作成理論】によって――古代エジプトの天地(宇宙)創造神話に登場する〔天の女神ヌト(の体)〕・〔地の男神ゲブ(の体)〕・〔原始の水〕はじめ〔大気の神シュウ(の体)〕や〔太陽の神ラー〕や〔動物と動物〕などはすべて「夏の銀河各部の形状」から作られた事実――が【科学】が成立して証明される。
 上記の【天地(宇宙)創造神話】が【古代エジプト文字の作成原理】となって、約7000字の古代エジプト文字は作られた。
 【天地(宇宙)創造神話】を【古代エジプト文字の作成原理(理論)】と定めると、約7000の古代エジプト文字の字源・字形・字義・字義は夏の銀河各部の形状であった事実がおもしろいように芋(いも)づる式に続々と解明できる。
 わがブログ「古代エジプト文字の字源」の1回~27回において、さまざまな古代エジプト文字は夏の銀河の各部の形状で作られた事実を詳細に解説して証明した。つまり、古代エジプト文字の字源・字形・字義は夏の銀河全域の各部の形状を図案して成立するものであった事実を、27回のブログ「古代エジプト文字の字源」にて解説して証明した。

◆古代エジプト文字の子孫がラテン文字であり、ラテン文字から現代ヨーロッパ文字・ABCのアルファベットが生まれた。
 古代エジプト文字を始祖(ルーツ)とする末裔(まつえい)は現代ヨーロッパ文字の他に、その途中でさまざまに枝分かれした現代アラハム文字、現代ペルシア文字、現代アラビア文字、現代ヘビライ文字などがある。
 古代エジプト文字の代表的な子孫は世界で最も使用者が多いラテン文字である。ラテン文字は約50億の人々に使用される。上記したように、古代エジプト文字の末裔は50億人が使用するラテン文字の他に、ラテン文字とは別の系統の現代アラハム文字、現代ペリシア文字、現代アラビア文字、現代ヘビライ文字などがある。ゆえに、古代エジプト文字を始祖とする文字を、現代使用している人々は55億人以上となる。
 漢字は二番目に多くの人々が使用し、その使用者数は14億人の中国と1億の日本人の計約15億人とされる。
 ゆえに、古代エジプト文字をルーツとする文字を使用する55億人以上と漢字を使用する人々の15億人を合計すると約70億人以上となる。
 世界の総人口は約80億人である。したがって、世界の約9割・70億の人々が使用する文字は「夏の銀河」の各部の形状から作られたことになる。
 【世界の9割の70億人が使う古代エジプト文字と漢字は、同じ「夏の銀河」から作られた】という真実・事実が【科学】が成立して完全証明できる確かな学術書が――『魏志倭人伝』であったのである。

◆中国にもエジプトにもわが国にも全世界において、天文学はじめ各種の学問分野においても、「コールサック」や「北天の最輝部」など一部分につけられた名称が存在するが――漢字と古代エジプト文字の字源・字形・字義を解説できる「夏の銀河(文字作成銀河)の各部の名称」は存在しない。ゆえに、わたくしは下のごとく「夏の銀河の各部の名称」を定めた。
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◆エジプトの豊かな実りは、定期的におこるナイル川の洪水のおかげであった。はるか南のアフリカ中央部で大量の雨が降ると、ナイル川は両岸の肥沃な土を下流に押し流してエジプトにもたらす。今から約5100年前のメンフィス周辺では毎年9月初めのころ、ナイル川が氾濫(はんらん)して大洪水となった。
 これゆえ、【ナイル川の氾濫】を基本にして【古代エジプトの天地(宇宙)創造神話】が創作された。もろもろの書物における【古代エジプトの天地(宇宙)創造神話】を要約すると、下記のごとくなる。
――〔天の女神ヌト〕と〔地の男神ゲブ〕は、〔原始の水〕の中に住んでいた。そこに、〔大気の神シュウ〕があらわれ、〔女神ヌト〕を両手で高くさしあげた。〔女神ヌトのからだ〕には星が輝き、〔女神ヌトの両手と両足〕は〔天をささえる四本の柱〕となった。〔地の男神ゲブ〕からは、植物と動物、そして人間が生まれた。〔原始の水〕から〔太陽神ラー〕が生まれ、万物に光の恵みをあたえられたのである。

◆下に【古代エジプトの天地(宇宙)創造神話モデルの銀河・Ⅰ】を配した。
 この【古代エジプトの天地(宇宙)創造神話モデルの銀河・Ⅰ】は、上に示した〔夏の銀河(文字作成銀河)の各部の名称図〕上部における「三つ輪の銀河」、「十字の銀河」、「鬼の姿に似る銀河」、「激流の銀河」、「長方形の暗黒天体部」がある箇所となる。この銀河部には、メンフィスの天頂緯度線(北緯2951)が西から東に貫通していた。
 下に配した【古代エジプトの天地(宇宙)創造神話モデルの銀河・Ⅰ】には、夏の銀河における代表的な星座・はくちょう座の尾の部分が漬()かる。
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◆上の【古代エジプトの天地(宇宙)創造神話モデルの銀河・Ⅰ】における、わたくしが「十字の銀河」と名づけた銀河が〔天の女神ヌト〕ということになった。そして「鬼の姿に似る銀河」が「地の男神ゲブ」に見立てられた。(注 〔鬼の姿に似る銀河の頭〕には、鬼のごとく角(つの)が一本生えている。ゆえに、「鬼の姿に似る銀河」と名づけた)
 「鬼の姿に似る銀河の角」は〔主食パンとなる穀物の小麦とビールの材料の大麦の芒(のぎ/麦の花の外殻にあるとげ状の突起)〕に相似し、「鬼の顔の銀河」は〔小麦・大麦の実の形〕に相似する。ゆえに、「鬼の姿に似る銀河」は〔麦が育つ地〕に見立てられて〔地の男神ゲブ〕となった。
 「十字の銀河」には〔子どもを生む子宮〕に相当する箇所がある。ゆえに、「十字の銀河」は〔天の女神ヌト〕に見立てられた。
 〔天の女神ヌト(十字の銀河)と地の男神ゲブの中間〕は、〔“銀河ブルー”とよばれる美しい紺青色の暗黒天体部〕である。ゆえに、〔天の女神ヌトと地の男神ゲブの中間の銀河ブルー(紺青色)の暗黒天体部〕は〔夜の闇を支配する紺青色の夜空と地上の中間の大気〕に相当するゆえ〔大気の神シュウ〕に見立てられた。
 「十字の銀河(天の女神ヌト)」の南、「鬼の姿に似る銀河(地の男神ゲブ)」の東側に「激流の銀河」がある。「激流の銀河」は〔ナイル川が氾濫した洪水〕に見立てられた。
 紀元前3000年ころに天下を手に入れた第一王朝の首都はメンフィス(北緯2951)であった。
 上の【古代エジプトの天地(宇宙)創造神話モデルの銀河・Ⅰ】に示したように、首都メンフィスの天頂には〔ナイル川の洪水〕に観える「激流の銀河」がめぐってきた。
 「激流の銀河(ナイル川の洪水)」より北方には「三つ輪の銀河」がある。「三つ輪の銀河」は〔紀元前よりも昔、大量の水で海水面がピークとなった、ナイル川の水がそそぐ地中海の様子〕をあらわした。ゆえに、「三つ輪の銀河」は〔紀元前3100年よりも昔の、原始の洪水〕つまり「原始の水」に見立てられた。
 紀元前3100年より約1400年前の紀元前4500年ころ、当時の平均気温は現在よりも1.5度~2度ほど高かった。この地球温暖化によって海水面の上昇のピークをむかえ、現在の海水面より2~3m、あるいは5mも高かったという。これゆえ、紀元前4500年ころ、エジプト北方の地中海の海水面が高くなった。したがって、「激流の銀河(ナイル川の洪水)」より北側の「三つ輪の銀河」は〔紀元前4500年ころの上昇のピークをむかえた地中海の海水面〕をあらわした。だから、「三つ輪の銀河」は〔原始の水〕に見立てられた。
 「十字の銀河の各部分」は星の光のごとく美しくキラキラと輝く。ゆえに、「天の女神ヌトのからだ」は〔満天の星空の星がキラキラと美しく輝く〕と表現されることになった。
 「鬼の姿に似る銀河」は「人の姿」に相似する。ゆえに、〔地の男神ゲブ(鬼の姿に似る銀河)〕から〔植物と動物と人が生まれる〕ことになった。
 〔原始の水〕の「三つ輪の銀河」は「日輪・太陽が東の地平線から次第に昇る様子」をあらわす。あるいは、「三つ輪の銀河」は〔()正午に最も高度が高く南中する夏至の太陽、()正午に南中する春分・秋分の太陽、()正午に最も高度が低く南中する冬至の太陽〕のイメージとなる。ゆえに、【古代エジプトの天地(宇宙)創造神話】では「〔原始の水(三つ輪の銀河)〕から〔太陽神ラー〕が生まれて、万物に光の恵みをあたえられたのである」と説明されることになったのである。
 「十字の銀河」には「子宮が相当する箇所」があるゆえ「女性」に見立てられて、「もろもろの女神」や「女、妊婦、出産する女性、乳をあたえる女性、様々な女性の行動」をあらわす文字の字源・字形・字義となった。
 また、「鬼の姿に似る銀河・地の男神ゲブの銀河」は「男」をあらわすことになり、「もろもろの男神」や「男、礼拝する男、胸をたたく男、弓の射手、捕虜、神官、貴人、羊飼い、壁職人や様々な男性の行動」をあらわす文字の字源・字形・字義となった。
 西側の「地の男神ゲブの銀河(鬼の姿に似る銀河)」が前に、その後に東側の「天の女神ヌトの銀河(十字の銀河)」に南中(子午線通過)する。ゆえに、「前を進む、地の男神ゲブ」は〔天の女神ヌトより先に生まれた兄にして夫〕と定められ、「後に続く、天の女神ヌト」は〔地の男神ゲブより後に生まれた妹にして妻〕と定められた。
 ゆえに、【古代エジプト文字の天地(宇宙)創造神話】は「はくちょう座の尾の部分が漬かる、夏の銀河の各部の形状」から創作されて、【古代エジプト文字の作成原理】となった。

◆下に【古代エジプト文字の天地(宇宙)の創造神話モデルの銀河・Ⅱ】を配した。
 【古代エジプト文字の天地(宇宙)の創造神話モデルの銀河・Ⅱ】は上に配した「夏の銀河(文字作成銀河)の各部の名称の範囲」となる「夏の銀河の全域」から成る。
 したがって、【古代エジプト文字の天地(宇宙)創造神話】は「夏の銀河の全域」からも創作された。その証拠に、下に配した銀河図の左右両端が明確に示すように、下の【古代エジプト文字の天地(宇宙)の創造神話モデルの銀河・Ⅱ】は「夏の銀河の全域」を表示している。
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◆上の【古代エジプト文字の天地(宇宙)の創造神話モデルの銀河・Ⅱ】は、〔東の地平線上に昇るときの、夏の銀河像」である。
 〔東の地平線上に昇る、夏の銀河〕における〔天の女神ヌトの体〕は空のように地を覆(おお)うアーチ形となる。これゆえ、「天の女神ヌトの体は空のように大地を覆ってアーチ形であった」と伝えられている。
 上の〔東の地平線上に昇る、天の女神ヌトの両手と両足の形状〕を、【古代エジプト文字の天地(宇宙)創造神話】は「女神ヌトの両手と両足は天をささえる四本の柱」と表現する。
 上の【古代エジプト文字の天地(宇宙)の創造神話モデルの銀河・Ⅱ】における〔地の男神ゲブ〕は「男性の性器、男根の形」に見立てられた。
 下に、〔地の男神ゲブ〕が「男根の形」に見立てられた銀河の範囲を示した。
 この「男根に相似する銀河像」については、上に配した「夏の銀河の写真」を観れば、容易に察知できる。
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◆「男根の銀河における陰嚢部(いんのうぶ)となる銀河」は「巨龍の顔の銀河・銀河の中心・胎児の姿に似る銀河」で構成される。この「銀河の中心方向、つまり銀河系宇宙の中心方向にむらがる無数の星と入り乱れる星間物質の形状」は、氾濫したナイル川の水が激流となって、ゴウゴウとすさまじい音響をたてながら豪快に渦巻く様子に相似する。毎年9月初めころの大洪水でドロのごとくやわらかくなった土を、男子が牛を使って軽い木製のスキで耕して豊かな実りにめぐまれたエジプトでは、〔男根の陰嚢部〕に見立てられた「巨龍の顔の銀河・銀河の中心・胎児の姿に似る銀河」が〔ナイル川の氾濫〕に見立てられて、「男根の銀河」は「地の男神ゲブ」をあらわすことになった。(注 〔ナイル川の洪水〕は前述した「激流の銀河」と後述した「巨龍の顔の銀河・銀河の中心・胎児の姿に似る銀河」の2ヵ所で見立てられたことになる。)
 上に配した「男根の形に相似する銀河像」における左側の「男根が勃起した形」の図書は、古代エジプト文字にあって「メト」と発音される決定詞となり、男性的特徴をあらわした。「男根・メト」は人間についても牛はじめとするさまざまな動物についても使用された。
 このような事情にもとづき、上に示した【古代エジプト文字の天地(宇宙)の創造神話モデルの銀河・Ⅱにおける、「男性の性器、男根の形」に見立てられた銀河】は〔地の男神ゲブ〕に見立てられることになった。
 ゆえに、〔東の地平線上に昇る、夏の銀河全象の【古代エジプト文字の天地(宇宙)の創造神話モデルの銀河・Ⅱ】における「男根の銀河」は「地の男神ゲブ」に改められて、下に配する構図で表示されることになった。
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◆前述したように、古代エジプト文字と漢字は夏の銀河全域の各部の形状から作られた。
 【漢字の作成理論(原理)】は、今から約5000年前の中国の五帝時代初頭に生存した黄帝につかえた倉頡が発明した。倉頡は【黄帝の「子どもの出産と女性の生殖器」の研究】をあらわすことができる文字を、夏の銀河各部の形状から作成することにした。このため、「倉頡が発明した」と伝える倉頡伝説では「倉頡は四つ目の怪人」と表現されることになった。
 倉頡伝説に登場する「四つ目の怪人・倉頡」を注目して、学者たちは「人間には目が四つない、だから、倉頡伝説は荒唐無稽(こうとうむけい)のデタラメである」と断定した。
 上に示した【古代エジプト文字の天地(宇宙)創造神話モデルの銀河・Ⅰ】における「鬼の姿に似る銀河」は〔地の男神ゲブ〕に見立てられた。
 倉頡伝説では「鬼の姿に似る銀河」における「鬼の横顔に似る銀河」を「四つ目の怪人・倉頡」と表現したのである。
 下に示すように、「鬼の横顔に似る銀河」の〔顔〕には〔両目(二つの目)〕があり、〔鬼の横顔の後頭部に目の形の銀河部、アゴにも目の形の銀河部〕がある。ゆえに、「鬼の横顔に似る銀河」は「四つ目の銀河」、「四つ目の怪人・倉頡をあらわす銀河」ということになる。
 「四つ目の銀河」は「【倉頡が発明した漢字作成理論】における核心部」であったゆえ、倉頡伝説は「倉頡は四つ目の怪人であった」と伝えたのである。したがって、倉頡伝説は「倉頡は夏の銀河から漢字を作った」と事実を伝えていたことになる。
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◆倭女王・卑弥呼は【倉頡が発明した漢字作成理論における核心部】を「邪馬壱」という語であらわした。ゆえに、『魏志倭人伝』は卑弥呼が居住した倭国の首都が所在した女王国名を「邪馬壱国」と記す。
 「邪馬壱」の「邪馬」は黄帝が研究した「出産する子どもの頭蓋骨」をあらわし、[]の字源は黄帝が研究した「女性の生殖器、つまり子宮・産道・骨盤など」であった。したがって、「天の女神ゲブ」に見立てられた「十字の銀河の子宮とその周辺の銀河部」が[]の字源銀河となって「子宮・産道・骨盤」をあらわした。
 下に、「邪馬壱」の銀河と黄帝時代の天頂緯度線の図を配した。
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 上の図が示すように、五帝時代初頭の黄帝時代、黄帝を祀る廟と墓である黄帝陵の天頂には「十字の銀河の頭の中央」がめぐってきた。当時、黄帝陵の天頂緯度線(天頂となる緯度線)は「四つ目の怪人・倉頡の銀河における、後頭部につく目の中央」を貫通していた。
 上図に示したように、「四つ目の怪人・倉頡の銀河」の西隣に「邪馬の銀河」がある。上図の左下に「邪馬」の形を示した。
 卑弥呼は「四つ目の銀河」の西隣の「邪馬の銀河」と「四つ目の銀河」の東隣の[]の字源「十字の銀河の子宮・腰部」を【漢字作成理論の核心部】とした。だから、倉頡伝説では「邪馬の銀河」と[]の字源「十字の銀河の子宮・腰部」の中間にある「四つ目の銀河」を【漢字作成理論の核心部】として「四つ目の怪人・倉頡」と表現したのである。
 下に配した上図は「邪馬」の出産児の頭蓋骨図、下図は「邪馬」の語源銀河図である。
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◆上に配した上図の〔出産児の「邪馬」の頭蓋骨図〕が示すように――産道を通過する赤ん坊の頭蓋骨は5枚(後頭骨・2枚の頭頂骨・2枚の前頭骨)に分かれる。この5枚の頭蓋骨を結合させる膜(まく)を、現代の産婦人科では「小泉門(しょうせんもん)」、「矢状縫合(やじょうほうごう)」、「大泉門(だいせんもん)」と名づけている。
 卑弥呼は「小泉門・矢状縫合・大泉門」を、「邪馬」と表現した。
 産道を通過する赤ちゃんの5枚の頭蓋骨は「邪馬」の結合組織性の膜によって重ねあわさることができる仕組みになっている。この〔5枚の頭蓋骨と、「邪馬」の膜の仕組み〕を、現代の産婦人科は「骨重積(こつじゅうせき)」と名づけている。
 だから、〔「邪馬」の膜によって5枚の赤ちゃんの頭蓋骨は重ねあわせて、[]の字源「産道」を通りぬけて誕生できる仕組み〕を、卑弥呼は「邪馬壱」と表現したことになる。
 出産第1期の開口期の終わり、赤ちゃんはアゴを胸につける屈位(くつい)の姿勢となり、小泉門がある後頭部の小さい周囲径で進んで、後頭部の小泉門を先進させて、骨盤入口(骨産道)へ入りこむ。骨盤入口は横に長い楕円形であり、赤ちゃんは縦に長い頭蓋骨を骨盤入口にあわせて時計回りに九〇度回旋(かいせん)する。この赤ちゃんの頭蓋骨の回旋の様子は、膣(産道)の入口(膣口)から見える。
 骨盤入口で通過できる赤ちゃんの頭蓋骨の平均的な最小径(最小の直径)32センチである。骨盤入口を通りぬけることができない・屈位(アゴを胸につける)の姿勢になれない、赤ちゃんの頭の前後径は平均34センチだという。ゆえに、頭蓋骨のわずか2センチ小さいか大きいかの差で赤ちゃんの生と死が決定される。
 赤ちゃんが骨盤入口を通過するときに時計回りに九〇度回旋する、この回旋を産婦人科では「第1回旋」とよぶ。次に、反()時計回りに九〇度回旋する「第2回旋」がおこなわれ、「第3回旋」も反時計回りに九〇度回旋しておこなわれ、最後に時計回りの九〇度の回旋「第4回旋」がおこなわれて、赤ちゃんの顔は母体の背中を正面にして誕生する。
 倉頡は「夏の銀河全域における各部の形状」を利用して、「赤ちゃんの4回の回旋の様子」をあらわす[][]の字を作った。
 赤ちゃんの産道における「時計回りの第1回旋と第4回旋」をあらわすため、倉頡は[(か/イネ)]の字を作って、[]の字源・字形・字義と定めた。後年、[]の下に[]が加わる[]の字が作られ、人偏に[]を加える[]の字が作られ、[][]を加える[]の字が作られた。そして、[][][]の3字は[]の字源「時計回りの第1回旋と第4回旋」をそのまま受け継いだ。この字源の秘密は『魏志倭人伝』によって科学的に証明される。
 倉頡は「反時計回りに九〇度転回する第2回旋と第3回旋」をあらわすため、[]の字を作った。ゆえに、[]の字源「第2回旋と第3回旋」をあらわす字形は「巫女が子どもの誕生を祝い、子ども誕生を祈祷するときの土器を肩の上にささげ、産道を通過する赤ちゃんのごとく身をくねらして舞う姿()」をもって表現された。
 卑弥呼は、現在の産婦人科で「骨重積」とよぶ「産道を通りぬけるときの、赤ちゃんの頭蓋骨の仕組み」を「邪馬」と表現した。そして、[]の字源は「十字の銀河の子宮と腰部」であった。この「邪馬」という語源と[]の中間に、学者たちがウソだと決めつけた「“四つ目の怪人・倉頡”をあらわす銀河」が実在する。
 邪馬台国説学者たちとNHKテレビと朝日新聞出版はウソと欺瞞でデッチあげたプーチン・フェイクを用いて「卑弥呼が居住していた女王国の名は『邪馬台国』であった」と断定し、『魏志倭人伝』は「邪馬台国の所在地を説明した書物である」と主張する。
 しかし、『魏志倭人伝』は【地球上の9割・70億の人々が使用する文字は夏の銀河から作られた事実】を知ることができる学術書であった。

◆以上のごとく、『魏志倭人伝』によって「現在、15億人が用いる漢字は、中国において夏の銀河から作られて起源した」と科学的に解明できる。しかし、漢字の起源の歴史は漢字が起源した中国では解明できず、わが国において解明できる。
 また、『魏志倭人伝』によって「古代エジプト文字と漢字は共に夏の銀河から作られて起源した。ゆえに、現在、世界の9割・70億の人々が使用する文字は夏の銀河から作られて起源した」という真実は、わが国にて科学的に解明できる。
 「漢字は夏の銀河から作られた」という真実は日本文明と文化あるいは学問・芸術のアイデンティティーの根源となり、日本人の精神的支柱となった。
 現在進行形のウクライナ侵攻によって、ロシアの国力は5年後、もしくは10年後に壊滅的に衰退するにちがいない。
 ゆえに次の有事・戦争がおきたとき、『魏志倭人伝』に記述された【倉頡が夏の銀河各部の形状から漢字を作成した学術】が日本における最強最良の核の抑止となる。
 というのも「漢字は夏の銀河から作られた」という歴史史料は『魏志倭人伝』だけではなく()『古事記』上巻、()『魏志倭人伝』が著作された同時代(3世紀後半)に作製された1千万坪の大鳥の地上絵が(静岡県浜松市北区の細江町の行政区域を表示する地図の形として)現存し、()室町時代に作られたとされる竜安寺の石庭、()17世紀前半に作られた桂離宮離宮の庭園、()17世紀半ばに作られた修学院離宮の庭園などの幾つかの遺跡が存在し、さらに()日本の漢字と漢字文化、()皇室最大の神事である大嘗祭、あるいは()赤ちゃんが屈位になって骨盤入口を通りぬける姿勢を表示する日本人のアゴを胸につけてするお辞儀はじめとする風俗・慣習など様々な史料が大量に存在するからである。
 古代史学には過去の出来事を事実であると証明できる絶対原理(絶対的方法)が存在する。
 つまり、古代史学には――邪馬台国説学者たちのごとく、前人が作った文献にある記述を、たとえ後世の学者たちが「この記述は絶対に誤っている、信用してはならない」と批判・否定しても、その文献に記述されたとおりの史跡・遺跡・遺物が幾つも存在し、しかも現在において古文献に記述されたとおりの風俗・習慣が存続しているならば、前人の記述はなんびとにも否定できない事実であり、学者たちが文献批判して否定した意見は誤読の空想ということになり、妄想であったことがなんびとにも否定できない事実となる―このような絶対原理となる。
 ゆえに、『魏志倭人伝』の全記事はなんびとにも「ウソだ。誤っている」と批判・否定することができない真実であったことになる。
 そして特に注目すべきは、『魏志倭人伝』に記述された「文字は夏の銀河から起源した」という真実は日本国特有の遺産ではなく、地球上の人類9割・70億の人々の遺産でもあるということである。したがって、「文字は夏の銀河から起源した」という真実は人類の文明と文化あるいは学問・芸術のアイデンティティーの根源であり、人類の精神的支柱となる。
 だから、プーチンが脅迫するウクライナのごとくわが国が核に脅えることになったならば「日本破壊は人類の殲滅(せんめつ)だ! 日本国と日本国民は犠牲にしてはならぬ」と世界の人々は立ち上がるにちがいない。
 だからこそ、『魏志倭人伝』が「文字は夏の銀河から作られて起源した」と伝える真実は、わが国における最強最良の核の抑止力となる。

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