漢字の起源と発明を解明す・23
花咲く【愛】の伊邪国(いやこく)と都支国(たきこく)の秘密の解明
◆今から約5000年前、中国の五帝時代初頭に生存した黄帝(こうてい)につかえていた倉頡(そうきつ)は【文字(漢字)作成理論】を発明した。
この事実を詳細に説明していたのが、卑弥呼が登場することで有名な『魏志倭人伝(ぎしわじんでん)』である。
現在、学者たちは「倉頡が漢字を発明したと伝える倉頡伝説は荒唐無稽(こうとうむけい)の作り話」と断定する。
しかし、この定説は臆説(おくせつ)であった。
というのも、『魏志倭人伝』は多数の記事をもって【倉頡が発明した文字作成理論】を詳細に具体的に組織的に説明しているからである。
倉頡(そうきつ)は【夏の銀河各部の形状から文字を作成する方法】を発明した。
【夏の銀河】とは「夏に最も長時間見ることができる銀河」である。
「夏の銀河」は通常「天の川」、「銀河」とも呼ばれ、時には「銀漢」とも呼ばれる。
「銀漢各部の形状から作られた文字」を省略して、中国でもわが国でも「漢字」と表記した。
下に、【夏の銀河のカラー写真】を配した。
この写真は、PIXTA(ピクスタ)が撮影した。
◆わがブログ「漢字の起源と発明を解明す」は前回(22回)までに、
『魏志倭人伝』に記される対馬国(つしまくに)から巳百支国(じはきくに)までの10ヵ国の位置や範囲を
【倉頡(そうきつ)が発明した文字作成理論】にもとづいて解明した。
この解明によって、邪馬台国説学者たちはじめ学者たちの「『魏志倭人伝』には誤った記事が幾つか存在するゆえ、軽々しく全記事を正しいと信用してはならない」という主張は誤っていたことが証明された。
学者たちは「『魏志倭人伝』には幾つかの誤った記事がある」と指摘するが、
その「誤っている」というすべての記事は、倉頡が作った【禾(か)】の字源をそのまま受け継いだ【倭(わ)】の字源に則(のっと)って説明されているので――結局(けっきょく)、『魏志倭人伝』のすべての記事は正しかったとことになる。
だから、学者たちの「『魏志倭人伝』には幾つかの記事に誤りがある」という主張は言いがかりであり憶測(おくそく)であったことになる。
『魏志倭人伝』に登場する対馬国(つしまこく)から狗奴国(くなこく)までの30ヵ国を
卑弥呼は〔10ヵ国ずつ、3つのグループ〕に組織的に分類して【倉頡の文字作成理論】にもとづいて各国の名称を定めている。
ゆえに、わたくしは〔最初の対馬国から巳百支国(じはきこく)までの10ヵ国のグループ〕を、
(A)「瀚海(かんかい)と【倭】の字源グループ」と名づけることにした。
というのも、『魏志倭人伝』は「対馬国と一大国の中間の海の名は瀚海であった」と記述しているからである。
この「瀚海」を注目すると【倉頡の文字作成理論における基本知識】が得られるゆえ、グループ名に「瀚海」を取り入れることにした。
また、「瀚海」に注目すると、倭人国のすべての小国名は【倉頡の文字作成理論】をもって統一化され組織されていることが解明できる。
ゆえに、『魏志倭人伝』は【倉頡の文字作成理論】を説明する文献であったことが証明される。
そして、末盧国(まつろこく)から巳百支国(じはきこく)までの方位は、すべて【倭(わ)】の字源「時計回りに90度転回する方位規定」に則(のっと)って説明されている。
ゆえに、(A)の最初のグループ名を「瀚海(かんかい)と【倭】の字源グループ」と定めた。
『魏志倭人伝』は「【倭】の字源に則って、日本列島の東は南へ延びる」と説明する。
ゆえに、九州の末盧国から狗奴国までの28ヵ国の方位は、
【倭】の字源「時計回りに90度転回する方位規定」に則(のっと)って決められている。
ゆえに、2番目の(B)「伊邪国(いやこく)から華奴蘇奴国(かなさなこく)までの10ヵ国グループ名」は、
「【倭】の字源における女性グループ」と呼ぶことにした。
そして、3番目の(C)「鬼国(きこく)から狗奴国(くなこく)までの10ヵ国グループ名」は、
「【倭】の字源における男性グループ」と定めた。
◆倉頡(そうきつ)はみずから発明した文字は最も強大な権力、莫大な富、最高の名声を手に入れる方法であることに気づき、もしも反体制側の人々が文字の学芸を習得して革命に利用したならば王朝は容易に滅亡するにちがいないと心配した。
これゆえ、倉頡は「文字の学芸を容易に習得するために、文字が作られた銀河各部に名称をつけた者はじめその家族および一族全員を死刑にする」と定めた。
この掟(おきて)のためであろうか――現在においても、【夏の銀河各部の名称】は存在しない。
これから行う【卑弥呼が30ヵ国の小国を10ヵ国ずつ3グループに分けた組織の秘密】を煩雑(はんざつ)にならずに容易に理解できるように解説するためには、【夏の銀河各部の名称】がどうしても必要となる。
ゆえに、わたくしは下図のごとく【夏の銀河各部の名称】を定めた。
◆上図の左上に「十字の銀河」がある。
この「十字の銀河」が【禾(か)】、【委(い)】、【年(ねん)】、【倭(わ)】の字源となった。
わが国における古代中国文字研究の第一人者とされる白川静(しらかわしずか)博士が著作した『字統(じとう)』(平凡社発行)は、
【禾】の字について「いねの象形。いねの字は禾穂(かすい)が垂れた形」と解説する。
また、同書は【委】の字について「穀霊(こくれい)に象(かたど)る禾形の作りものを被(かぶ)って舞う女の姿をいう」と解説する。
また、同書は【倭】の字について「委は稲魂(いなだま)を被(かぶ)って舞う女の形。(中略)。委はもと田楽(でんがく)の状(じょう)をいう字で、男が稲魂を被って舞うのは年となる」と解説する。
要するに、白川静著『字統』は【禾】は「いねの穂が垂れた形」、
【委】は「穀霊に象(かたど)る禾(いね)の形の作りものを被(かぶ)って舞う女の姿」、
【年】は「穀霊に象る禾(いね)の形の作りものを被って舞う男性の姿」、
【倭】は「穀霊に象る禾(いね)の形のかぶりものを被って女性と男性の姿をあらわす」と解説していることになる。
下図は上記した白川静著『字統』の【禾】・【委】・【年】・【倭】の字源となった「十字の銀河」の解説図である。
下図に示したように、「十字の銀河の頭部より北側の銀河の形状」が「穀霊(稲魂)の形のかぶりもの(作りもの)」となる。
「十字の銀河の西半分」には「乳房・妊婦のおなか・子宮」があるゆえ、「十字の銀河」は「穀霊のかぶりものを被って舞う女性」をあらわす。
「十字の銀河の東半分」は「左手に狩猟に用いる弓を持つ男性の姿」と解することができるゆえ、「十字の銀河」は「穀霊のかぶりものを被って舞う男性」をあらわす。
だから、上図にもとづいて、上記したように、卑弥呼は伊邪国(いやこく)から狗奴国(くなこく)までの計20か国を10ヵ国ずつ二つのグループに分けている。
ゆえに、わたくしは(B)「【倭】の字源における女性グループ」と、(C)「【倭】の字源における男性グループ」に分けることにした。
◆前回のわがブログ「漢字の起源と発明を解明す・22」にて、詳細に説明して証明したように、
下図の対馬国から9番目国の「斯馬国(しまこく)」は「現在の鳥取県東部と兵庫県北部であり、旧国の因幡(いなば)と但馬(たじま)」であった。
対馬国から10番目国の「巳百支国(じはきこく)」は「現在の京都府北部であり、旧国の丹後(たんご)」であった。
対馬国から11番目国の、(B)「【倭】の字源における女性グループ」のトップ「伊邪国(いやこく)」は、
「現在の京都府中部と兵庫県一部であり、旧国の丹波(たんば)」であった。
下に現在方位にもとづく「伊邪国・丹波の地宜(ちぎ・平面的に図化した地図の形)」を示した。
下に「女性の骨盤図(こつばんず)の正面形」を配した。
上図における「伊邪国の北の境界線における東西の形」は、下図の「女性の骨盤(こつばん)における、腸骨翼(ちょうこつよく)に相当する」と見立てられた。
上図の「伊邪国の南の境界線における東西の形」は、下図の「女性の骨盤の、座骨(ざこつ)」に相当する」と見立てられた。
だから、下の上下図にて示したごとく、「伊邪国の地宜は女性の骨盤の正面形に似ている」と見立てられた。
前回のわがブログ「漢字の起源と発明を解明す・22」にて、対馬国から10番目国の「巳百支国」の【百】は「女性の骨盤をあらわす」と詳細に解説した。
というのも、「天敵のオオカミに襲われると、子どもを中心に隠して、【百頭以上】のジャコウウシの群れが円陣を作って、子どもの命をまもる防御方法」が「女性の骨盤」に相似すると見立てられたからである。
このため、「ジャコウウシ」は「女性の骨盤」に見立てられる聖獣(せいじゅう)とされた。
このように、『魏志倭人伝』の各小国名はとなりの小国名と関連しあう、あるいはとなりの小国名に用いる字義が解明できるヒントを与える役割を有している。
したがって、10番目の巳百支国の【百】が「女性の骨盤」に見立てられたゆえ、
この「巳百支国」の【百】がヒントになって、
11番目国の「伊邪国の地宜」も「女性の骨盤」に見立てられたことになる。
女性の骨盤は妊娠時の子宮を支(ささ)えるために左右に広がっている。
そして、女性の子宮に宿る胎児(たいじ)の命は堅(かた)い骨盤に包囲されてまもられている。
下に、骨盤でまもられる女性の生殖器官の正面形を図示した。
◆「伊邪国」の【伊】の字は「伊都国(いとこく)」の【伊】である。
わがブログ「漢字の起源と発明を解明す・14」にて詳細に解説したように、
【伊】の字は「アゴを胸につける屈位(くつい)の出産児の姿」をあらわす。
つまり、下の「伊都国の地宜」が示すように、「糸島半島(いとしまはんとう)の地宜(ちぎ・平面的に図化した地図の形)は、ジャコウウシがアゴを胸につける屈位の【伊】の姿勢をあらわす」と見立てられて、
【伊】に【都】(卑弥呼と共立する男王の一大率が住む都)が加えられて小国名が「伊都国」となった。
「出産児」は常に【伊】の「屈位の姿勢」を保っておらず、その姿勢は変わるが――
下に示すように、「女性の子宮にて育つ胎児」は「ほぼ常に、【伊】のアゴを胸につける屈位の姿勢となって過ごす」。
ゆえに、「伊邪国」の【伊】は「屈位の姿勢となる胎児や出産児」を意味したことになる。
下に図示したように、「伊邪国」の【邪】は「邪馬壱国(やまいこく)の【邪馬】の地宜」をあらわした。
「邪馬壱国の【邪馬】の形状」は、「親のフタコブラクダが舌で出産直後に両足で立つわが子の背中をなめて愛(いと)しむ様子」に観える。
だから、「伊邪国」の「伊邪」は「母親が妊娠時(にんしんじ)から出産後、そしてその後も常に子にそそぐ深い愛情」を表現するものであったにちがいない。
「伊都国」の【伊】の字源となった「ジャコウウシのメスもオスも子の命をよくまもる」。
ゆえに、「ジャコウウシは愛情深い動物」と解釈された。
「邪馬壱国」の【邪馬】の【馬】・フタコブラクダもまた子に深い愛情をそそいだ。
子が死産したフタコブラクダの母親は、母親が死んで生まれた子には死産したわが子を愛(いと)しく思って乳を与えないという。
このように、フタコブラクダもジャコウウシと同様に子に深い愛をそそぐ聖獣とされた。
だから、【伊邪】という小国名は「親の深い愛(愛情)」を意味したことになる。
(B)「【倭】の字源における、10ヵ国すべての女性グループ」はどの小国名も「親の深い愛」をあらわしていると考えられるゆえ、
このグループのトップの「伊邪国」という小国名は、当然、「親の深い愛」をあらわしていると考えられる。
いままで説明してきたように、「伊都国」の【伊】に「邪馬壱国」の【邪】を加えると、「伊邪(いや)」という小国名となる。
だから、簡単明瞭にいうと「伊邪国」という名称は「伊都国の【牛】の字源・ジャコウウシの親の深い愛と、邪馬壱国の【馬】の字源・フタコブラクダの親の深い愛」をあらわしている。
白川静著『字統』は、【愛】の字について「後ろに心を残しながら、立ち去ろうとする人の姿を写したものであろう」と解説する。
下図は、「【愛】の字源銀河解説図」である。
「十字の銀河」を「後ろに心を残しながら、立ち去ろうとする人」に見立てると、「鬼の姿に似る銀河」が「立ち去ろうとする人が後ろに心を残す、這(は)って母親を追う乳飲み子」と解釈できる。
ゆえに、【愛】の字源は「常に子の様子に気くばりして、心やすまらない母親の深い愛情」であったことになる。
◆「伊邪国・丹波」は「霧(きり)の丹波」と呼ばれて「霧」で有名である。
『説文解字』は【霧】の字を「地气(ちき)發して、天應(てんおう)ぜざるを霚(きり)といふ」と解説する。
白川静著『字統』は【伊】の字を「尹(いん)は神杖(しんじょう)をもつ形で、神意を媒介(ばいかい)する聖職者の人をいう」と解説する。
下図は、「白川静著『字統』【伊】と『説文解字』の【霧】の字源銀河の解説図」である。
上図における「十字の銀河」が、白川静著『字統』の【伊】の字源解説における「【尹(いん)】の神聖な杖、つまり神杖(しんじょう)」である。
上図の「鬼の姿に似る銀河」が、白川静著『字統』の【伊】の字源解説における「聖職者」ということになる。
上図の「鬼の姿に似る銀河」が「气(き)を発する地」となり、
「十字の銀河の子宮と鬼の横顔に似る銀河の口との中間の、3本の線の帯状の銀河」が「天應ぜざる(天まで届かずに地に近い空中にただよう)地气の霧吹き、つまり霧」ということになる。
上図の「霧吹き、つまり霧の銀河の帯」は「十字の銀河の子宮に対して邪(なな)め」であるから、【邪】の字をあらわした。
だから、「伊邪国」は「霧の丹波」であったことになる。
『古事記』上巻の「天照大御神と須佐之男命(すさのおのみこと)の誓約説話」は
「天照大御神と須佐之男命が天(あめ)の真名井(まない)の聖なる水を口にふくんで、息を吐きだして生じた霧吹き」を「気吹(きぶき)の狭霧(さぎり)」と表記する。
上図の下部に「谷川の【天の真名井(あめのまない)】の水」と記した銀河が「天照大御神と須佐之男命が口にふくんで霧吹きをして誓い合った、狭い谷川の清く澄んだ水」であった。
『古事記』上巻は「天照大御神と須佐之男命が口にふくんで吐きだした霧吹き」を「気吹きの狭霧」、つまり「口にふくんで谷川の水を吐きだした霧吹き」は要するに「霧」であったと表現するゆえ、
上図は「伊邪国が霧の丹波であった」と証明する解説図となる。
白川静著『字統』は【伊】の字について「尹(いん)は神杖(しんじょう)をもつ形で、神意を媒介(ばいかい)する聖職者の人をいう」と解説する。
ところが、「伊都国の地宜」が示すように、『魏志倭人伝』の【伊】の夏音文字の字源は「アゴを胸につけるジャコウウシの姿」であって、白川静著『字統』の【伊】の字源解説と差錯(ささく・相違)する。
だから、白川静著『字統』の【伊】の字の解説は字源・原義を失った中国古代漢字の解釈であったことになる。
以上のごとく、「伊邪国」は「丹波」であり、
「伊都国と邪馬壱国の二都」をあらわして「伊邪」となり、
そして「伊邪国」という名は「骨盤でまもられる子宮と胎児」から【愛】が連想されて「親の子にそそぐ深い愛情」をあらわしていたことになる。
◆1番目の「対馬国」から数えて11番目の「伊邪国」の次の12番目は「都支国(たきこく)」である。
前述したように、「伊邪国」は「伊都国(いとこく)と邪馬壱国(やまいこく)」をあらわした。
ゆえに、「都支国」もまた「男王の一大率が治める都と女王・卑弥呼が治める都の二都に支(わか)れる、倭人国における中間地域」と意味する小国であったことになる。
「伊邪国」の東方(現在方位)には20番目の「華奴蘇奴国(かなさなこく)」、19番目の「為吾国(いがこく)」、24番目の「邪馬国(やまこく)」の3小国が隣接する。
このように、「伊邪国」と「都支国」は少し離れている。
「都支国」の東側(現在方位)には21番目の「鬼国(きこく)」が隣接する。
「鬼国」は(C)「【倭】の字源における男性グループ」におけるトップの小国である。
下図は「現在方位の東を上・西を下にした、鬼国(きこく)と都支国(たきこく)の地宜解説図」である。
昭和の時代、下図の左上に配したように「伊都国・糸島半島の西方」は、「福岡県糸島郡の志摩町(しままち)」であった。
「伊都国における志摩町西部の湾」は「ジャコウウシの食料を食べる口の形」をしている。
「鬼国」は「伊都国の志摩町」と同名の「旧国の志摩」であり、「現在の三重県南部」である。
「鬼国・志摩の英虞湾(あごわん)」もまた「伊都国における志摩町」と同様に「食料を食べる口の形」となる
したがって、「鬼国・旧国の英虞湾」は「餌(えさ)を食べる鷹(たか)の雛(ひな)口や嘴(くちばし)の形」と見立てられたことになる。
ゆえに、上図の「鬼国の地宜」は「同じ巣に育つ鷹の病弱の雛(ひな)を、餌が不足して飢(う)えたときに、餌として食べる大きく強く育つ雛の横顔」に見立てられたことになる。
この「同じ巣で育つ鷹の雛が病弱な兄弟の雛を餌とする弱肉強食の習性」は残忍(ざんにん)・獰猛(どうもう)ということで、
「自然が示す残酷(ざんこく)な厳(きび)しさ」を示すものとなり、「鬼、鬼神(きじん)」はおそれ敬(うや)われてそして尊ばれることになった。
だから、「鷹」は「鬼」の字源となった。
以上からして、「旧国の志摩」は21番目の「鬼国」であった。
「都支国」は「現在の三重県北部の旧国の伊勢と、和歌山県南東部・三重県南部の熊野地方」であった。
下図に示すように、「都支国北部の三重県北部の伊勢」は、13番目の(B)「【倭】の字源における女性グループ」の小国「弥奴国(みなこく)」に隣接する。
ゆえに、「伊勢」は「女王国・邪馬壱国(やまいこく)」をあらわし、また「子に深い愛をそそぐ女性」に見立てられた。
そして、「都支国(たきこく)南部の紀伊東部・熊野」は(C)「【倭】の字源における男性グループ」の「男王の伊都国」をあらわし、また「子や妻を愛する男性」に見立てられた。
以上からして、上記したように「男王の一大率(いちだいそつ)が治める伊都国と女王・卑弥呼が治める邪馬壱国に支(わか)れて組織される、倭人国における中間地域」ということで、卑弥呼は「旧国の伊勢と熊野(紀伊東部)」を「都支国(たきこく)」と名づけた。
◆しかし、卑弥呼は単純に「男王の一大率が治める伊都国と女王・卑弥呼は治める邪馬壱国に支(わか)れて組織される、倭人国における中間地域」ということだけで――「都支国」という小国名を定めたとは考えられない。
「同じ巣で育つ鷹の雛が病弱な兄弟の雛を餌とする弱肉強食」をあらわす「鬼国」を「都支国」に隣接するようにしたのは、
「都支」という小国名には「女性の深い愛情を強調する意図」が秘められていたと考えられる。
『魏志倭人伝』には「其の俗、国の大人は皆四、五婦、下戸(げこ)も或いは二、三婦。婦人は淫(いん)せず妒忌(とき)せず」という記事がある。
上の記事は「倭人国では身分の高い男性たちは皆四人または五人の女性を妻とし、身分の低い男性でも二人または三人の女性を妻としている。妻たちは淫(みだ)らでなく、嫉妬(しっと)しない」と意味する。
医学の未発達の状況においては、女の子のほうが本来(ほんらい)丈夫(じょうぶ)であるゆえ出生率が高く、男の子はひ弱く出生率が低くて死産する割合が高いとされる。
また、大きく育っても男性は家族を養う食料を確保するために遠くの山野にかけめぐり、また様々な役目で遠くの地に旅するものであったゆえ、
旅の途中で迷って命を失い、あるいは事故に遭遇(そうぐう)して死亡するため――女性の数が圧倒的に男性よりも多くなったと考えられる。
この結果、卑弥呼時代(2世紀末~3世紀半ば)において、身分の高い男性は四、五人の婦人と結婚し、身分の低い男性でも二、三人の婦人と結婚するということにになった。
婦人たちは淫(みだ)らにならずに夫婦生活を維持(いじ)し、嫉妬(しっと)もしなかったのは――淫らな女性は直(ただ)ちに離縁され、嫉妬する婦人は夫に嫌われてしまうために嫉妬することができなかったにちがいない。
だから、女性たちは不誠実な男性でも夫として愛せねばならなかった。
卑弥呼は、上記した女性たちの環境を思いやり、深い愛で男性たちの不誠実を許して愛せよと願っていたと考えられる。
卑弥呼は戦乱を悪(にく)み、平和を強く願っていた。
ゆえに、男たちが「鬼国」が示す「弱肉強食」のような非情で残酷な戦争に出かけないように、男性たちが家族を愛して食料の確保に努力するように願って、
卑弥呼は「男性グループの国々と女性グループの国々が相和(あいわ)す、中間地域」という意味を秘める「都支国」という小国名を思いついたと考えられる。
◆わがブログ「漢字の起源と発明を解明す・19」にて指摘したように――
『魏志倭人伝』には「男弟有りて佐(たす)けて国を治(おさ)む。(中略)。唯々(ただ)男子一人有りて飲食を給(きゅう)し、辞(じ)を伝えて出入りす」という記事がある。
カワセミは求愛あるいは給餌(きゅうじ)行為において、メスがオスの魚を受け取って結婚、交尾、そして産卵して抱卵(ほうらん)する。メスとオスが交替して(約30分間隔)で雛(ひな)を育てる。
卑弥呼は、再度、倭国が大乱しないように願って――
カワセミの生態に注目して、男子に飲食を給(きゅう)じさせていたと考えられる。
卑弥呼は国中の男王はじめ男たちが再(ふたた)び戦争せずに――日々、農作業に勤(いそ)しんで豊かな食料を女性や子どもたちに与えるように願って――カワセミのメスのごとくに、男子に飲食を給じさせていた。
このようなカワセミの生態からしても、また、このブログの初頭部にて
白川静著『字統』が【倭】の字について「委は稲魂(いなだま)を被(かぶ)って舞う女の形。(中略)。委はもと田楽(でんがく)の状(じょう)をいう字で、男が稲魂を被って舞うのは年となる」と解説するとおり、
「都支国」という小国名には「男たちが戦場に向かわないように、日々、農作業に勤(いそ)しんで収穫時には稲魂のかぶりものを被(かぶ)って舞い踊って、食料を女性や子どもや老人たちに与えるように」という願いが秘められていたにちがいない。
『魏志倭人伝』には、下記の記事もある。
「婢(ひ)千人を以て自ら侍(はべら)せしむ。(中略)。居処(きょしょ)は宮室・楼観(ろうかん)・城柵(じょうさく)を厳(おごそ)かに設け、常に人有りて兵を持して守衛す。」
上の記事が伝えるように――卑弥呼は婢すなわち13歳くらいの乙女たちを千人も侍(はべ)らせていた。
「瞳がもっとも澄んで暗い銀河部までも見える特別な眼力を有する13歳の乙女」は【婢(ひ)】と呼ばれた。
ゆえ、【婢】は「強大な呪力(じゅりょく)を有する」と人々に信じられていた。
白川静著『字統』は【媚(び)】の字について、下記のごとく解説する。
「媚はその眉飾(びしょく)を施(ほどこ)したもので、巫女(ふじょ)をいう。(中略)。字の初義は媚蠱(びこ)と呼ばれる呪術(じゅじゅつ)を行う巫女をいう。漢代に巫蠱媚道(ふこびどう)とよばれる呪詛(じゅそ)の法があって、宮中の暗闘(あんとう)にしばしば用いられた。(中略)。敵の呪術者を殺すことによって、敵の呪的な能力を奪うことができたので、蔑(べつ)には『蔑(なみ)し』『蔑(ないがしろ)にす』の意がある。媚とは美しき魔女、媚態(びたい)・媚辞(びじ)はすべて魔女的な行為である。」
倭国の大乱において、【婢】は上記した「美しき魔女の媚蠱(びこ)」であった。
つまり、「卑弥呼に侍(はべ)っていた千人の婢たち」は――倭国の大乱においては、「美しく化粧する巫女(みこ)たち」であった。
彼女たちは、敵軍を罵(ののし)り呪(のろ)い侮蔑(ぶべつ)する媚辞(びじ)をつくって敵の魔女(婢)を呪い殺し、あるいは敵軍の呪的戦力を奪い、自軍の兵たちを鼓舞(こぶ)して士気を奮(ふる)い立たせていた。
ゆえに、卑弥呼は再び戦乱がおきたとき、婢(ひ)たちが戦場におもむくことができないように卑弥呼が居住する城に集めていた。
澄んだ瞳を有して暗い銀河部までよく見える特別な眼力を有する13歳くらいの乙女たちを、人々は特別に強大な呪力(じゅりょく)を有すると信じられていた。
ゆえに、戦争を悪(にく)み平和を願う卑弥呼は、美しき魔女の千人の婢(ひ)たちが戦場におもむくことができないように居城(きょじょう)に集めて、再び戦争が起きないように対策していたのである。
婢(魔女)がいない軍の兵士たちの闘争心はいちじるしく減退(げんたい)する。
ゆえに、戦争をおこさんとする男王たちは敵の呪的戦力(じゅてきせんりょく)を奪(うば)う魔女(婢)がいない状況では戦争をあきらめるにちがいない――と卑弥呼は考えて、呪力が優(すぐ)れるという評判の千人の魔女(婢)たちを居城に集めていたのである。
以上のように、卑弥呼は戦争を悪(にく)み、強く平和を願っていた。
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